クライム・オブ・ザ・フューチャー/未来犯罪の確立

SF映画情報

映画:クライム・オブ・ザ・フューチャー/未来犯罪の確立

概要

『クライム・オブ・ザ・フューチャー/未来犯罪の確立』(原題:Crimes of the Future)は、カナダの映画監督デヴィッド・クローネンバーグが1970年に発表した同名短編映画を、49年の時を経てリメイクした長編SFスリラー映画です。2022年の第75回カンヌ国際映画祭でプレミア上映され、話題を呼びました。「ボディ・ホラー」の巨匠として知られるクローネンバーグ監督ならではの、身体の変容と進化、そしてそれを取り巻く人間ドラマが、独特の映像美と哲学的なテーマと共に描かれています。

あらすじ

近未来、人類は痛覚や感染症から解放された代わりに、体内に新しい臓器が自然発生する「加速進化症候群」に苦しんでいた。アーティストであるソール・テンサー(ヴィゴ・モーテンセン)と、彼のパートナーであるカプリース(レア・セドゥ)は、ソールが体内で生み出す未知の臓器を摘出するパフォーマンス・アートを世界中で披露していた。彼らのパフォーマンスは、一部の人々には熱狂的な支持を受ける一方で、この進化を「病」と見なし、否定する者たちも存在した。

ある日、ソールとカプリースは、「新生手術」と呼ばれる、人工的な進化を遂げた子供の死体を発見する。この子供は、母親がその進化を望んで食料として摂取していたという衝撃的な事実が明らかになる。この事件をきっかけに、ソールたちは、進化の「制御」を目指す組織や、進化を「抑圧」しようとする政府機関、そして進化の「可能性」を信奉する人々との間で、複雑な陰謀に巻き込まれていく。

ソールは、自身の体内に発生する臓器が、人類の進化における重要な鍵を握っているのではないかと疑い始める。彼は、カプリースと共に、この謎を解き明かすために危険な旅に出る。その過程で、彼は様々な人物と出会い、人類の未来、そして「人間」とは何かという根源的な問いに直面することになる。

キャスト・スタッフ

監督・脚本

デヴィッド・クローネンバーグ

出演

ヴィゴ・モーテンセン(ソール・テンサー)
レア・セドゥ(カプリース)
クリステン・スチュワート(ティムリン)
スコット・スピードマン(キャプテン・ブレイガー)
ドン・マッケラー(ワープ・キーパー)
タナス・マンド(アーガスト・ライマー)

テーマ・解釈

身体の変容と進化

本作の最も中心的なテーマは、「身体の変容と進化」です。人類が病や痛覚から解放された代わりに、体内に未知の臓器が自然発生するという設定は、進化が必ずしも「進歩」とは限らないことを示唆しています。クローネンバーグ監督は、これらの変容をグロテスクでありながらも、どこか有機的で美しいものとして描いています。これは、人間の身体が持つ「可塑性」や、環境に適応しようとする「生命力」を表現しているとも解釈できます。

テクノロジーと人間性

映画は、テクノロジーが人間の身体に与える影響についても深く考察しています。新しい臓器が生まれることで、人間はかつてないほど身体を「操作」できるようになった一方で、その「制御」を巡る争いや、テクノロジーへの「依存」といった問題も浮き彫りにします。ソールとカプリースが行うパフォーマンス・アートは、テクノロジーによって変容した身体を「芸術」として昇華しようとする試みであり、テクノロジーと人間性の関係性を問い直す行為と言えるでしょう。

芸術と倫理

パフォーマンス・アートとして、未知の臓器を摘出する行為は、観る者に強い衝撃を与えます。これは、芸術が社会や倫理にどのような影響を与えるのか、そして「芸術」とは何なのかという問いを投げかけます。ソールとカプリースは、そのパフォーマンスを通じて、観客に「生」と「死」、そして「身体」について考えさせようとします。

「人間」であることの意味

最終的に、本作は「人間」とは何か、という普遍的な問いを投げかけます。進化し続ける身体、テクノロジーとの共生、そして倫理的な葛藤の中で、ソールたちは自分たちの存在意義を見出そうとします。痛覚や感情が薄れた世界で、彼らは何に「喜び」を見出し、何を「愛」するのか。それは、私たちが当たり前だと思っている「人間らしさ」を再考させるきっかけとなります。

映像・音楽

映像美

クローネンバーグ監督特有の、冷たくも耽美な映像美は本作でも健在です。不気味でありながらも、どこか惹きつけられるような身体の造形、そして近未来的ながらも退廃的な都市の風景が、観る者を独特の世界観へと引き込みます。特に、臓器が生まれるシーンや、摘出されるシーンは、CGを多用せず、実写で表現されており、そのリアルさが観る者に強烈な印象を与えます。

音楽

本作の音楽は、ハワード・ショアが担当しています。低音を基調とした、不穏でミニマルなサウンドは、映画の持つ緊張感と神秘性を効果的に高めています。時に優しく、時に鋭く響く音楽は、観客の感情を巧みに揺さぶります。

まとめ

『クライム・オブ・ザ・フューチャー/未来犯罪の確立』は、デヴィッド・クローネンバーグ監督の集大成とも言える、挑戦的で思索的なSFスリラーです。身体の変容、テクノロジー、そして人間性というテーマを、独特の映像美と哲学的な深みで描き出しており、観る者に強い衝撃と、深い余韻を残します。容易に理解できる作品ではありませんが、現代社会におけるテクノロジーとの関わり方や、人間存在の意味について、改めて考えさせられる貴重な一本と言えるでしょう。クローネンバーグ作品のファンはもちろん、一歩踏み込んだSF作品を求める方におすすめしたい映画です。

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