映画:ドリアン・グレイ/美しき肖像
映画「ドリアン・グレイ/美しき肖像」(原題:Dorian Gray)は、オスカー・ワイルドの不朽の名作小説「ドリアン・グレイの肖像」を原作とした、2009年公開のイギリス・アメリカ合作のゴシック・スリラー映画です。監督はオリヴァー・パワーズが務め、主演にはコリン・ファース、ベン・バーンズ、レイチェル・ワイズといった豪華キャストが集結しています。美と若さを永遠に保つために魂を捧げた男の破滅的な生涯を描いた本作は、原作の持つ退廃的で耽美的な世界観を映像美豊かに表現しています。
作品概要
本作は、19世紀末のロンドンを舞台に、美青年ドリアン・グレイ(ベン・バーンズ)が、画家バジル・ホールワード(デヴィッド・マッコールム)によって描かれた自身の肖像画に、永遠の若さと美貌を願うという禁断の契約を結んでしまう物語です。享楽主義者であり、魅惑的な哲学者であるロード・ヘンリー(コリン・ファース)の言葉に唆され、ドリアンは急速に美の追求と快楽に溺れていきます。しかし、彼の罪深き行いは、彼自身の姿には現れず、代わりに肖像画に刻まれていくのです。年月が経つにつれ、肖像画はドリアンの堕落した魂を反映するように、醜悪な姿へと変貌していきます。一方、ドリアン自身は、まるで時が止まったかのように、永遠に若く美しいままです。
原作小説との関連
オスカー・ワイルドの原作小説は、その大胆なテーマと洗練された文体で、発表当時から大きな議論を巻き起こしました。本作は、原作の持つ哲学的な深さと、美の裏に潜む狂気を忠実に映像化しようと試みています。特に、ロード・ヘンリーの語る享楽主義的な思想や、ドリアンの道徳的崩壊の過程は、原作の雰囲気を色濃く引き継いでいます。しかし、映画化にあたっては、原作よりもアクションやサスペンスの要素が強化されており、よりエンターテイメント性の高い作品に仕上がっています。肖像画の変貌ぶりは、CG技術を駆使して、生々しく、そして恐ろしく表現されており、観る者に強烈な印象を与えます。
キャストとキャラクター
本作の成功を支えるのは、個性豊かな俳優陣の演技です。ドリアン・グレイを演じたベン・バーンズは、その純粋さと後に続く堕落した姿を見事に演じ分け、若き日の魅惑的な美青年から、罪に蝕まれた男へと変貌していく様を熱演しています。コリン・ファースが演じるロード・ヘンリーは、皮肉屋で哲学的ながらも、ドリアンを破滅へと導く魔性の魅力を放っています。彼の言葉は、観る者をも惑わすかのようです。そして、ドリアンを深く敬愛する画家バジル・ホールワードを演じたデヴィッド・サシェは、芸術家としての情熱と、ドリアンへの純粋な想いを繊細に表現しています。また、ドリアンが愛し、そして翻弄される女性たちも、物語に彩りを添えています。レイチェル・ワイズが演じるエミリーというキャラクターは、原作には存在しない映画オリジナルのキャラクターであり、ドリアンの複雑な心情を映し出す役割を担っています。
キャラクター造形
ドリアン・グレイは、その完璧な美貌とは裏腹に、内面では貪欲さと無慈悲さを増していく様が描かれます。彼の美しさは、周囲の人々を魅了する一方で、彼自身の倫理観を麻痺させていく要因となります。ロード・ヘンリーは、美と快楽を至上のものとする思想の体現者であり、ドリアンにとっては師であり、悪魔の囁きそのものです。バジルは、芸術の純粋さと、人間的な愛情の象徴として描かれ、ドリアンの堕落と対照的な存在感を放っています。
映像美と音楽
本作の大きな魅力の一つは、その退廃的かつ耽美的な映像美です。19世紀末のロンドンの華やかさと、その裏に潜む陰鬱な雰囲気が、美術、衣装、撮影といった各部門で巧みに表現されています。特に、ドリアンが享楽に耽る場面や、肖像画が変貌していくシーンは、視覚的に強烈なインパクトを与えます。ゴシック・ホラーの要素も随所に盛り込まれており、不気味な雰囲気が漂います。また、アンジェロ・モリアーニが手掛けた音楽も、作品の世界観を一層深めています。静謐な旋律から、劇的なクライマックスを盛り上げる楽曲まで、物語の展開に合わせて巧みに使われており、観る者の感情を揺さぶります。
美術・衣装
19世紀末のヴィクトリア朝時代のロンドンを舞台としているため、豪華絢爛な社交界の様子や、当時の裕福な家庭のインテリアなどが細部まで作り込まれています。ドリアンが住む邸宅の重厚な雰囲気や、彼が参加するパーティーの華やかさが、美術スタッフのこだわりによって見事に再現されています。衣装も、登場人物の性格や地位を反映しており、特にドリアンの洗練された装いや、ロード・ヘンリーの個性的なスタイルは、当時のファッショントレンドを意識しつつ、キャラクターの魅力を引き立てています。
テーマと批評
「ドリアン・グレイ/美しき肖像」は、美、若さ、芸術、そして罪といった普遍的なテーマを扱っています。本作は、美を追求することの危うさ、そしてその代償として失われる魂の重要性を問いかけます。ドリアンの物語は、人間が持つ欲望の果てしない深さと、それがもたらす破滅への道筋を示唆しています。しかし、映画版は、原作の持つ哲学的議論よりも、美貌と享楽に溺れていくドリアンの退廃的な生涯を、よりスペクタクルな形で描いているという意見もあります。観る者によっては、原作の持つ深遠なテーマが薄まっていると感じるかもしれませんが、映像表現の巧みさや、エンターテイメント性の高さから、多くの観客に支持されました。
美と倫理
本作は、美しさそのものが善悪を問わないという、芸術至上主義的な考え方を提示する一方で、その美しさが倫理観を麻痺させ、人間性を失わせる危険性をも示唆しています。ドリアンは、自身の美貌を保つために、どれほど罪深い行いをしても、それが自身の姿に影響しないことを知っています。この「無責任さ」が、彼の更なる堕落を招き、最終的には破滅へと導くのです。これは、現代社会においても、外見至上主義や、自己責任の回避といった問題と結びつけて考えることができるテーマです。
まとめ
映画「ドリアン・グレイ/美しき肖像」は、オスカー・ワイルドの傑作を、現代的な視点と映像技術で蘇らせた作品です。ベン・バーンズとコリン・ファースの卓越した演技、そしてゴシック調の耽美的な映像美が、観る者を19世紀末のロンドンの退廃的な世界へと誘います。美しさを追い求めるあまり、魂を失っていく青年の姿は、多くの示唆に富み、観る者に強い印象を残すでしょう。原作の持つ深遠なテーマを、エンターテイメント性の高いスリラーとして楽しむことができる、見応えのある映画と言えます。

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