ドラキュラ｀７２

ドラキュラ’７２：衝撃と官能の吸血鬼叙事詩

概要

『ドラキュラ’７２』（原題：Dracula、別題：Bram Stoker’s Dracula）は、1972年に公開された、フランシス・フォード・コッポラ監督によるゴシック・ホラー映画である。ブラム・ストーカーの古典小説『ドラキュラ』を原作とし、原作の持つ耽美的な世界観と、当時の映画技術を駆使した革新的な映像表現が融合した、吸血鬼映画の金字塔として評価されている。原作の持つ退廃的な美学と、コッポラ監督が追求した「愛」と「死」という普遍的なテーマが、官能的かつ圧倒的な映像美となってスクリーンに刻み込まれている。

製作背景

コッポラ監督は、子供の頃からドラキュラ伯爵の物語に魅了されており、長年の夢であったこの作品の映画化に挑んだ。製作には、約5000万ドルという当時の大作映画としては異例の巨額の予算が投じられ、美術、衣装、撮影、特殊効果など、あらゆる面で妥協を許さない制作体制が敷かれた。特に、セットデザインにおいては、ルーマニアの古城を彷彿とさせる、重厚で幻想的な世界観が細部まで作り込まれている。また、撮影には、当時最新鋭の技術が導入され、光と影を巧みに操ることで、不気味さと美しさを両立させた独特の映像美を生み出した。

ストーリー

物語は、15世紀、オスマン帝国との戦いで愛する妻を失い、絶望の淵でキリスト教を捨て、悪魔に魂を売って永遠の命を得たヴラド・ツェペシュ（ドラキュラ伯爵）の過去から始まる。数百年後、ロンドンの若き弁護士ジョナサン・ハーカーは、トランシルヴァニアに住むドラキュラ伯爵から、ロンドンでの不動産購入に関する依頼を受け、彼の城へと赴く。しかし、そこでハーカーは伯爵の恐るべき正体と、彼がロンドンへ渡ろうとしている真の目的を知ることになる。伯爵は、ハーカーの婚約者である美しくも儚げなミナ・ハーカーの姿に、かつて死んだ妻の面影を重ね、彼女を吸血鬼の世界へと引きずり込もうと企む。ミナと婚約者のジョナサン、そしてヴァン・ヘルシング博士らは、ドラキュラ伯爵の魔の手からミナを救い出し、彼を滅ぼそうと立ち上がる。

登場人物

• ドラキュラ伯爵（ゲイリー・オールドマン）：何世紀にもわたり生き続ける吸血鬼。孤独と絶望を抱え、愛する女性を求めて彷徨う。
• ミナ・ハーカー（ウィノナ・ライダー）：ジョナサンの婚約者。伯爵の魔性の魅力に惹かれつつも、愛する人を守ろうとする強い意志を持つ。
• ジョナサン・ハーカー（キアヌ・リーブス）：ミナの婚約者。伯爵の城に囚われ、絶望的な状況から脱出しようとする。
• ヴァン・ヘルシング博士（アンソニー・ホプキンス）：吸血鬼の知識に長けた学者。ドラキュラ伯爵を退治するために立ち上がる。

映像美と音楽

本作の最大の特徴は、その圧倒的な映像美にある。コッポラ監督は、最新の特殊効果技術を駆使し、ドラキュラ伯爵が蝙蝠に変身するシーンや、血が逆流するような幻想的な演出などを、当時の観客に強烈なインパクトを与えた。また、美術監督のパトリック・タートポロスによる、退廃的で耽美的なセットデザインは、観る者を異世界へと誘い込む。さらに、作曲家ワルター・マッティオーリによる、重厚で妖艶な音楽は、映像の美しさを一層引き立て、観客の感情を掻き立てる。

テーマ

『ドラキュラ’７２』は、単なる吸血鬼ホラーに留まらず、「愛」「死」「永遠」「信仰」といった普遍的なテーマを深く掘り下げている。ドラキュラ伯爵が永遠の命を渇望する一方で、その孤独と絶望に苦しむ姿は、人間の根源的な願望と恐怖を描き出している。また、ミナが伯爵の魔性に惹かれながらも、ジョナサンへの愛と正義の間で葛藤する姿は、人間の愛の強さと脆さを象徴している。コッポラ監督は、これらのテーマを、官能的で時にグロテスクな映像表現を通して、観客に問いかける。

評価と影響

公開当時、その過激な描写や独特の世界観から賛否両論を巻き起こしたものの、批評家からはその芸術性の高さと、原作への忠実さ、そしてコッポラ監督の革新的な演出が絶賛された。特に、ゲイリー・オールドマンが演じたドラキュラ伯爵は、これまでのイメージを覆す、哀愁と狂気を帯びた複雑なキャラクターとして、多くの観客の心を掴んだ。本作は、その後の吸血鬼映画に多大な影響を与え、ゴシック・ホラーのジャンルを新たな次元へと引き上げた作品として、今なお語り継がれている。

まとめ

『ドラキュラ’７２』は、フランシス・フォード・コッポラ監督が、ブラム・ストーカーの原作に敬意を払いながらも、自身の芸術的ビジョンを注ぎ込んだ、まさに「愛と死の叙事詩」と呼ぶにふさわしい作品である。その退廃的な美学、官能的な描写、そして深遠なテーマは、公開から数十年を経た今もなお、観る者を魅了し続けている。映像、音楽、演技、全てが一体となって生み出されるこの幻想的な世界は、一度観たら忘れられない強烈な印象を残すだろう。吸血鬼映画の歴史において、避けては通れない、まさに伝説的作品と言える。