映画:催淫吸血鬼
概要
『催淫吸血鬼』(原題: Lust for a Vampire)は、1971年に制作されたイギリスのゴシックホラー映画であり、ハマー・フィルム・プロダクションズの代表的な作品の一つである。本作は、1970年の『吸血鬼の儀式』の続編として企画され、前作で登場した耽美的な吸血鬼のキャラクター、カーミラを再び中心に据えている。監督はロバート・ヤング、脚本はシェリー・スミスとロバート・ヤングが務めた。本作は、その妖艶で退廃的な雰囲気、官能的な描写、そして独特の映像美で、カルト的な人気を博している。
あらすじ
物語の舞台は、1830年代のオーストリアの寂れた山村。厳格な寄宿学校を経営する師団長(ピーター・カッシング)は、ある日、魅惑的な未亡人である伯爵夫人(ヨー・スチューダー)からの手紙を受け取る。手紙には、娘を学校に預けたいという依頼と、同時に高額な寄付の申し出が記されていた。疑念を抱きつつも、経済的な困窮から依頼を受け入れた師団長は、娘であるジュリエット(テレーゼ・クライン)を学校に迎え入れる。
しかし、ジュリエットはどこか異常な雰囲気を漂わせており、次第に学校の生徒たち、特に感受性の強い少女たちの間で謎めいた影響力を発揮し始める。彼女は、生徒たちに夜の森への誘惑、禁断の愛、そして死の甘美な囁きを語り聞かせる。やがて、学校では次々と不可解な事件が発生する。生徒たちは衰弱し、顔色は青ざめ、まるで何かに魂を吸い取られたかのような状態になる。
師団長は、この異変の原因を突き止めようと奔走するが、疑惑は深まるばかり。彼は、伯爵夫人が単なる未亡人ではなく、古代から生きる強力な吸血鬼であり、ジュリエットはその眷属、あるいは新たな血を求める吸血鬼であることを確信する。伯爵夫人は、若き乙女の血を吸ってその美貌と若さを保っており、学校は彼女にとって格好の獲物となっていたのだ。
師団長は、この恐るべき存在に立ち向かうため、かつて吸血鬼ハンターとして名を馳せた男、バルトロメオ(ジョン・ヴァン・エイセン)の助けを求める。バルトロメオは、吸血鬼の弱点を知り尽くした人物であり、伯爵夫人の弱点と、彼女を滅ぼすための儀式を知っていた。物語は、師団長とバルトロメオが、伯爵夫人とその眷属であるジュリエット、そして彼女たちに魅了された生徒たちの魔の手から、学校と村を守るための激しい戦いに発展していく。
キャスト
- ピーター・カッシング(師団長): 厳格で責任感の強い寄宿学校の師団長。
- ヨー・スチューダー(伯爵夫人): 妖艶で美しく、古代から生きる吸血鬼。
- テレーゼ・クライン(ジュリエット): 伯爵夫人に操られる、美しくも恐ろしい存在。
- ジョン・ヴァン・エイセン(バルトロメオ): 吸血鬼ハンター。
制作背景とテーマ
『催淫吸血鬼』は、ハマー・フィルムの典型的なスタイルである、ゴシック調の美術、豪華な衣装、そして退廃的で官能的な雰囲気を色濃く反映している。本作は、単なる吸血鬼映画の枠を超え、以下のようなテーマを内包している。
- 誘惑と堕落: 伯爵夫人とジュリエットは、純粋な乙女たちを、禁断の知識、官能的な快楽、そして死へと誘惑する。これは、善と悪、純粋さと汚染、生と死の境界線が曖昧になる様を描いている。
- 権力と支配: 吸血鬼たちは、その超自然的な力と魅力を利用して、人間を支配し、操る。特に、少女たちへの精神的な影響力は、権力による支配の恐ろしさを暗示している。
- 抑圧された欲望: 19世紀の厳格な社会規範の下で生きる少女たちが、吸血鬼の誘惑に抗えず、内に秘めた欲望を開花させていく姿は、抑圧された性が解放される様を象徴しているとも解釈できる。
- 古典的なゴシックホラーの系譜: カーミラを再登場させたことは、『カーミラ』(1872年)というシェリダン・レ・ファニュによる古典的なゴシック小説へのオマージュであり、女性吸血鬼の魅力と恐怖を現代に蘇らせようとする試みであった。
本作は、その耽美的な世界観と、大胆な官能描写で、公開当時から賛否両論を巻き起こしたが、一方で、その芸術性の高さと、ホラー映画の新たな可能性を示唆した作品として、熱狂的なファンを生み出した。
映像と音楽
本作の映像は、ハマー・フィルムならではの重厚なセットデザインと、暗闇と光のコントラストを巧みに利用した撮影が特徴である。特に、伯爵夫人の住む城や、寄宿学校の内部は、ゴシック調の美しさと不気味さを兼ね備えている。また、妖艶な伯爵夫人の衣装や、少女たちの純白のガウンは、視覚的な魅力を高めている。
音楽もまた、本作の雰囲気を盛り上げる重要な要素である。ハリー・サクソンによるスコアは、不穏で神秘的な旋律で、観客を物語の世界へと引き込む。吸血鬼が現れるシーンや、緊張感が高まる場面では、感情を煽るような音楽が効果的に使用されている。
評価と影響
『催淫吸血鬼』は、その芸術性の高さ、退廃的な美しさ、そして官能的な描写から、カルト的な人気を誇る作品である。批評家からは、その耽美的な世界観と、古典的なゴシックホラーの再解釈が高い評価を受ける一方で、露骨な性的描写に対しては批判的な意見も存在した。
本作は、ハマー・フィルムにおける女性吸血鬼のシリーズにおいて、重要な位置を占めており、その後のホラー映画、特に吸血鬼映画に影響を与えたと言える。特に、吸血鬼の持つ妖艶さや、美しさ、そして誘惑といった側面を強調した点は、後続の作品にも引き継がれている。
まとめ
『催淫吸血鬼』は、単なるスプラッターホラーやジャンプスケアに頼る作品ではなく、観る者に深い余韻と、ある種の退廃的な美意識を提示する、芸術的なゴシックホラー映画である。その官能的で妖艶な雰囲気、そして古典的なゴシックホラーの要素と現代的なアプローチの融合は、今日においても多くのファンを魅了し続けている。ハマー・フィルムの魅力を語る上で、欠かすことのできない一作と言えるだろう。

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